発病のいきさつと治療経過

ーク雅子
Mark House & Projects代表
  • Mark House          (キリスト教ハウスチャーチ)
  • Mark House Sydney      (シェアはうす)
  • May 12 ME/CFS & Lyme Japan 共同代表
              

 


神様の描く不思議な人生物語

 

 私は、3歳から14歳までの鍵っ子生活、父の激しい気性と言葉の暴力を経験して、幼い頃から自尊心が低く、不安と恐れで泣いてばかりいる子供でした。

 

 

 

小学校高学年ごろから、自分に自信がつけば、鉛のように重い心から解放されるのではないか?と、人一倍努力をするようになりました。

 

 

 

アメリカ高校留学の後、日本の大学在学中に、両親は離婚。

 

卒業後は、教授の推薦で、オーストラリアの大学で日本語講師になりました。

 

その後、シドニーに移り、応用言語学修士号を取得し、シドニー大学からマイケル・ハリデーメダルを授与されました。

 

 

 

そして、最後の論文を提出した翌日に、銀行口座に残っていた最後の2ドルでチラシをコピーし、24歳の時、言語学校La Lingua Language  Schoolを起業しました。

 


その後、オーストラリア政府認定校として、世界じゅうの留学生を受け入れられるようになり、ピーク時には、約350名の学生と約60名のスタッフを抱えるほどに成長し、個性と才能あふれるスタッフに恵まれたおかげで、エスニックビジネス賞のスモールビジネス部門で最優秀賞を受賞しました。

 


順風満帆のように見える人生の背後には、常に、何かを成し遂げれば、自分の心が満たされるのではないか、幼い頃からあった劣等感から解放されるのではないか?という差し迫った想いがあったように思います。

 

 

 

楽しさややすらぎ、目の前の幸せを実感する暇もなく、ただ、不安や恐れ、劣等感をかき消すために、前に!前に!上へ上へ!と突き進んでいたのです。

 


昼夜なく働き続ける中、あるクリスマス休みに日本に一時帰国した際、突然、高熱と異常な混迷状態で救急にかけつける事態となりました。

 

 

 

その時には、特に検査もなく、インフルエンザの診断がくだされました。

 

 

 

(これが後に、オーストラリアの牧場への出入りでヒルやマダニにより感染したライム病と共感染症の初期症状だったことが判明しました。)

 

 

 

注射を打ち、念のためと言って抗生物質が処方されました。

 

 

 

いったん、熱は引いたものの、オーストラリアに帰ってからも、以前のような状態に戻ることは二度とありませんでした。

 

 

 

日々の倦怠感や首の硬直、広範囲にわたる筋肉の痛み、微熱、のどの痛み、胃腸症状(腹部飽満)、決断力の低下、精神症状に加え、

 

 

 

体や頭を使ったり、自分の持っているエネルギーの許容量を超えると、急激に極度の衰弱、消耗を起こし、何日も動けなくなる全身性労作不全に陥り、会社を休みがちになりました。

 

 

 

出勤しても、スタッフに隠れてデスクの下で痛みと激しい消耗でうづくまっていることもありました。

 

 

 

2002年、ついに休職、代理社長を立て、自宅療養するも、次から次へと襲ってくる症状に翻弄され、精神的にも追い込まれていきました。

 

 

 

 

 

「たたきなさい。そうすれば、開かれます。」(ルカ11:9)

 

 

 

 

 

米国でクリスチャンになった姉は、15年間、私や家族の救いを祈り続けていました。

 

 

 

そんなある日、姉に、国際電話でお祈りしてもらった時、聖霊が働いて、神様が私の心を開かれたのです。

 

 

 

その後、教会に通うようになりましたが、あまりの体の痛みと異常な疲労感で、生きる気力を失った私は、泣きながら電話で牧師に尋ねました。

 

 

 

「私は何のために生きているのでしょうか。」

 

 

 

牧師は、「神様に直接聞いてごらん。」と言われました。

 

 

 

そのとき、私は、祈りを通して神様に直接話しかけたのです。

 

 

 

それが、神様と私の会話の始まりでした。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは再びあなたを建て直し、あなたは建て直される。」

 

(エレミヤ31:3-4)

 

 

 

2006年、洗礼を授かった瞬間、今まで怒っていた家族を一瞬にして赦していました。

 

 

 

イエス様が、私の罪の赦しのために十字架で死んで復活したこと、イエスキリストを信じる信仰によって、神の子となり、永遠のいのちが与えられることがわかりました。

 

 

 

すぐに、19年間疎遠だった父に国際電話で謝罪をし、和解しました。

 

 

 

その頃、父は、仕事上のトラブル、弟たちの病気や不健康な人間関係などで心を痛めていましたが、神様は父の心や状況を変えてくださり、父も、イエスキリストを救い主として受け入れました。

 

     

 

 

 

娘の病気を心配して教会に行った母も、その1年後、洗礼を授かりました。

 

 

 

夫との関係も、イエスキリストによって建て直されました。

 

 

 

愛するということは、「仕え合う」、「与え合う」ことであり、イエスキリストがそうしてくださるように、「ありのままの相手を受け取る」こと、「赦し続ける」ことだと日々学んでいます。 

 

 

 

 

 

 

 

洗礼を授かってすぐ、偶然(神様の必然!)、オーストラリアの元ME/CFS研究班の医師に出会ったことで、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)診断を受けました。

 

 

 

ここから、海外のME/CFS情報や統合医療による闘病記「イエス様と歩む慢性疲労症候群」を配信するようになります。

 

 

 

慢性疲労症候群の背後に、腸内カンジタ菌、リーキーガット症候群、副腎疲労、機能性低血糖症、遅発型食物アレルギー、重金属蓄積などがあることがわかり、統合医療や高濃度ビタミンC点滴による治療が始まりました。

 

 

 

その2年後には、徐々に、代理社長を立てて、自宅から指示を出していた会社にも復帰し、一時期はフルタイムで働けるほどになりました。

 

 

 

 

 

「あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを知らせなさい。」(マルコ5:19)

 

 

 

病気の再発をきっかけに、15年育ててきたビジネスを売却し、JTJ宣教神学校、牧師志願科に入学。

 

 

 

神様のお話をするのが大好きな私は、日本でイエスキリストのお話を分かち合いたいと思うようになり、夫婦で日本行きを祈り始めました。

 

 

 

すると、すぐに国際政治学者のオーストラリア人の夫に日本の大学での仕事が舞い込んできたのです。

 

 

 

2012年、長い海外生活を終えて日本に移住。

 

 

 

シドニーにおいては、シェアハウスを運営し、

 

 

 

日本においては、病気や様々な事情で普通の教会生活を送れない方や聖書がはじめての方のためのハウスチャーチで共に聖書を読み、共に神様に祈る機会が与えられました。

 

(JTJ宣教神学校牧師志願科卒業/2015年牧師按手礼/心理カウンセラー有資格)

 

 

 

また、マークハウスのボランティア活動として、May 12 ME/CFS Japanを立ち上げ、ME/CFSドキュメンタリー映画「闇からの声なき声」の翻訳や上映会、512日世界啓発デーイベントを開催し、啓発運動に微力ながら携わらせていただきました。

 

 

 

日本に帰国後、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)や線維筋痛症、脳脊髄液減少症、眼瞼痙攣の診断を受けていましたが、

 

2017年に、ME/CFSFMだと思っていた症状が、誤診、未診断のまま進行したマダニ媒介感染症ライム病と共感染症であることが判明しました。

 

 

 

オーストラリアに一時帰国した際、夫の実家、牧場近くのクリニックに行くと、

 

 

 

医師が、私の筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群や線維筋痛症症状、全身不随意運動や眼瞼痙攣を診て、マダニ媒介感染症を疑い、アメリカIgenex社の自費血液検査を行いました。

 

 

 

その結果、ライム様病(オーストラリアのボレリア菌)、バベシア(寄生虫)、アナプラズマの陽性反応が出たのです。

 

 

 

症状からバルトネラにも感染しているだろうということでした。

 

 

 

 

 

 

 

ライム病は、マダニに咬まれた覚えや典型的な皮膚症状が出ないと、インフルエンザや風邪と誤診されやすい上、

 



 

診断できる医師が少なく、未診断のまま進行すると、

 



 

慢性脳脊髄炎や慢性関節炎を引き起こすため、

 



 

ME/CFS(筋痛性脳脊髄炎)やFM(線維筋痛症)、多発性硬化症、ALSなどの神経免疫系疾患やうつ病、強迫性障害などの精神疾患と誤診される場合があります。

 

 

 

日本でも、海外でも、ライム病自体は認知されていますが、「慢性ライム病」の概念や実態は一般の医療界の認識とは大幅に異なっています。

 

 

 

現在は、週3回の訪問看護による自宅での点滴(生食水、ニンニク注射)、

 


2か月に一度、瞼に18本のボツリヌス注射を打ち、眼瞼痙攣によって閉じがちな目と瞼の痛みに対処しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段は、調子がましな日でも、普通の人の10%にも満たないエネルギーで介助者の力を借りて生活していますが、

 

 

 

症状と症状、痛みと痛みの合間を縫って、小さなやすらぎ、小さな幸せを見つけながら、自分と歩調を合わせて生きています。

 

 

 

「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」という聖書の言葉に支えられ、

 

 

 

介護してくれる家族や理解しようとしてくれる人々に感謝しながら、「どんな境遇に遭っても満ち足りて生きる」ということを日々学ばせていただいています。

 

 

 

現在(2021)は、一日の大半は頭を下げていて、外出時はリクライニング車椅子ですが、脳脊髄液減少症のフィブリンパッチの効果もあってか、調子のマシな日は一度に頭を上げられる時間が5分、時に10と少しずつ増えています。

 

 

 

「神の国はあなたがたの ただ中にあるのです。」(ルカ17:21)

 

 

 

私は、病気になって、世界を飛び回っていた自由な生活も、15年経営してきた会社も、自由に外出するエネルギーも失いましたが、神様に愛されていることを知り、長年、無理を強いてきた自分とも仲直りすることができました。

 


あまりの具合悪さや痛みに挫けそうになることもまだまだありますが、毎日、聖書と祈りを通して神様と会話をし、愛と祝福を受けながら、神様を愛し、自分を愛し、自分を愛するように隣人を愛することを学んでいます。

 

 

 

人生のいい時も、暗闇の時も、イエスキリストはいつも私たちと共にいてくださいます。

 

 

 

私たちは、今ここでこの世に生きながらにして、たとえ、どんな境遇にあっても心に神の国の平安を持って、感謝と喜びの人生を生きることができるのです。

 

 

 

 

天野友里子

 

May 12 ME/CFS&Lyme Japan共同代表

シナリ―スウィート代表取締役

 

マーク雅子の従妹で、20年ぶりに再会すると、、、化学物質や食品添加物による健康被害・香害、環境問題をテーマに市民教育を行っている人になっていた!という流れで、必然的に、共同代表に任命されました。

 

元テレビドラマ子役・モデルから結婚、出産を経て、子供のアレルギーがきっかけで、食の安全、化学物質などの害について学び始め、現在は、”環境革命をモットーに人が健康で安心して生活できる方法を提唱”をモットーに、セミナー講師・イベント活動ほか、パーソナルカラーアドバイザーとしての活動、化学物質を使用しない日用生活品、化粧品販売を行っています。

 

販売商品以外にも、既製品を工夫して、化学物質や食品添加物をいかに避けて生活するかの知恵の伝授、指導を行っています。

 

毎年行われていた「NPO筋痛性脳脊髄炎の会」署名運動にも、最初から積極的に関わり、顔を見れば、「署名?」「代筆の印鑑持ってきたよ。」と言われるようになったほど、個人では集められないほどの多数の署名を毎年集めてくれました。

 

患者の苦しみに耳を傾けてくれる応援団長(女番長?!)のような人物です。

 

 

くーちゃん              

May 12 ME/CFS&Lyme Japan共同代表

国際政治学者・大学教授

 

 マーク雅子の夫、親友、同志、そして、20年来の介助者。

 

幼い頃からの牧場での聴覚障害者の妹との生活と自然の脅威、そして、国際政治学者として日々、直面している世界情勢や現実の厳しさが、彼の介護者としての優しさと忍耐強さを育てたのかもしれません。

 

両親が妹の通院にかけまわる中、小さい頃から、1人で過ごす時間が多かった彼は、政治漫画に興味を持ち、学生時代から、アムネスティ・インターナショナルなどでのボランティア活動、国際政治系ラジオ番組などでの活動を経て、現在も、自称「政治オタク人生」を貫いています。

 

長年にわたる妻の病気に寄り添う中で、隠れて泣いている姿を何度も見かけましたが、一度も文句や愚痴を言ったことがありません。長い間、医療や福祉の手を借りられないあまりに過酷な現実の中で、2人で大声で子供の様に泣き叫ぶことも何度もありました。

 

でも、もしかしたら、彼自身に夢中になっていることがあるからこそ、20年以上になる病人との生活も少し距離と境界線をもって、耐えられているのかなと思います。

 

患者が助けてほしい部分やその時やりたくても、できない部分をよく聞いて、その部分だけ手を貸すようにする、、

 

後は、長時間の会話などでエネルギーを浪費させないように、静かにそっとしておく、、、

 

それが、くーちゃんが自然に身に着けた介護者の知恵なのかもしれません。

 

(マーク雅子著)