ME/CFS患者や慢性疾患患者に言わないほうがいい13の言葉

https://www.facebook.com/Raising-awareness-for-Chronic-Fatigue-Syndrome-1416601958659774/timeline/

 

*以下は、2015年10月にブログに載せた内容です。(現在2018年9月)

 

「ME/CFS患者、または慢性疾患患者に言ってはいけない13の言葉」
 
11歳の時に発病し、現在16歳の少年が自分が人に言われて嫌な言葉を素直に述べている動画を見ました。以下は、「ME/CFS患者、または慢性疾患患者に言ってはいけない13の言葉」とそれに対する管理人(まーくハウス&ぷろじぇくと代表:マーク雅子)のコメントです。
1、元気そうに見える。病気に見えない。

ME/CFS患者が元気そうに見えるのは、会う直前までエネルギーを温存し、比較的症状がましな日に会っているからだ。
 
人に会ったり、何かの活動をする時は、活動後、または遅延して症状に襲われることを覚悟している。
 
私は、新しく来た介護ヘルパーさんに、「今日は、調子がよさそう。」などという声かけをしないでほしいとお願いしてある。
 
見た目ではわからない見えない内部障害もある。
 
また、何日苦しみ悶えてやっと回復した時に「元気そう!全然病気じゃないじゃん!」と言われるのは正直きつい。
 

2、もしこれができるなら、あれもできるはず。
 
 
「病院に行ったり、人に会ったりできるなら、学校や職場にも行けるはずなのに。」
 
「好きなことだけやって、やらなければならないことを人にやらせている!」
 
「周りの人を支配している!」
 
「できると言ったのに、今更できないなんて、、、無責任だ!」
 
「多少、具合が悪くなっても、一度やると言ったことはやるべきだ!」
 
 
どんなに中傷されても、陰口を言われても、責められても、エネルギー産出の障害や起立不耐性、痛みなどのせいで、一度再燃してしまえば、できると思っていたことも急にできなくなる。
 
無理をしてでもがんばれ!責任を果たせ!と言われても、急にガタンと崩れて、無理をすること自体が本当にできないのだ。
 
患者は、活動量や活動時間が、自分の限度を越えれば、再燃して何日も、何週間も、時に何ヶ月も、寝込んでしまうため、常に自分の活動を調節しなければならない。
 
だから、ドタキャンする可能性があるということをわかってくれる相手としか付き合えない。
 
それが、人を支配している、わがままを言っているように他人に見えたとしても、それは仕方がない。
 
人にどう思われているかに振り回されないこと、
 
また、理解できない人もいるのだということを理解してあげることが私自身の今後の課題だ。
と同時に、人から言われたことの中には、ある意味真実があると受け止めて、
 
私の場合は、自分の自己中心、わがまま、支配的な性質を悔い改めなければならないと思う。
 
 
3、よく寝れば、元気になる。
 
 寝ても疲れが取れない人に「寝れば、治る」というのは、足が麻痺している人に、「歩けば、治る」と言っているようなもの?!
 
「寝て治るなら、もうすでに治ってるよ!」と笑って返せるくらいの
 
余裕のある人間になりたいです!
 
4、よくわかる。私もいつも疲れているから。
 
「慢性疲労症候群?!私もその病気かもしれない。」という言葉を何度となく聞いた。(思わず、言ってしまった人に罪はない!)
 
啓発すれば、啓発するほど、病名が持つニュアンスで誤解が広がり、世間一般の「疲れ」や「慢性疲労」と混同されていく。
 
 アメリカでは、「SEID(直訳:全身性労作不耐病)」と病名が変更される動きがあったが「筋痛性脳脊髄炎」という病名を主張する世界の医師や患者団体は、この新病名に反対、
現在は、多くの場合、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と呼ばれている。
筋痛性脳脊髄炎、または、慢性疲労症候群は、WHO疾病分類において、「その他の脳の病気」(神経系疾患)とされ、研究機関では、神経免疫系疾患として研究されている身体的疾患である。
 
 5、あなたはうつになっているだけ。
うつ病を併発する患者もいるが、ME/CFS=うつ病ではない。
 
家族や友人だけでなく、医療者にも、一般的な検査では異常が発見されないため、主症状である身体的症状を信じてもらえず、「これは、あなたの心の問題だ。」とされてしまうことで、患者はますます精神的にも追い込まれてしまう。
 
「自律神経失調症」や「大うつ病」と誤診され、誤った治療法で症状を悪化させるケースがある。
 
うつ病自体も深刻な病気であり、周囲の理解が必要な病気だ。
うつ病を併発している患者は、日常生活の質を著しく低下させる身体的な症状に加えて、精神的症状にも悩まされる。
日常的に感じている倦怠感、身体的、知的労作後の不調(PEMと呼ばれ、活動の直後、または遅延して起こる症状の悪化、言葉にあわらせないほどの疲労、インフルエンザ様症状)、認知機能障害、睡眠障害(疲れの取れない睡眠や過眠など)起立不耐(長時間頭を上げていられない)、全身の疼痛、、、、これに加えて、さまざまな合併症も併発する。
 
 
 6、あなたは、病気になるには若すぎる。(少年は11歳で発病、現在16歳)
 
まだ、若いのに、かわいそうに、、、。
 
まだまだやりたいことたくさんあるだろうに、、、。
 
慰めの言葉も、善意として捉える余裕がある場合はいいが、
 
いわれた相手の精神状態によっては、
 
傷口に塩をぬっているようなものになってしまう。
 

7、学校や仕事に行かなくていいなんて、うらやましい。

病人でなくても、人生には、苦難がある。ストレスといそがしい毎日の中で、
たまには、自由な時間を持って休みたいと思っている人からすれば、勉強も、仕事もしなくていい人がうらやましいのはわかる。
 
もしくは、病気ではない人でも人生は大変なのだから、あなたもがんばって!という励ましで言っている場合もあるのかもしれない。
 
ただ、多くのことをあきらめ、自由に外出することも、やりたいこともできず、毎日、症状に追われて、痛みや発作に苦しんでいるのに、「あなたがうらやましい」「あなたは恵まれている」と言われると、
 その時の精神状態によっては、複雑な想いにかられてしまう、、、。

 8、もっとがんばれ。
 
もっと動く努力をして、多少無理をしてがんばれば、治るという発想だが、これは、ME/CFS患者には禁句である。
ME/CFS患者の特徴は、やりたいことはたくさんある、やる気があるが、それをするエネルギーが産出できない、激しい症状ゆえに実現できないことにある。
がんばって歩いたり、無理をして活動をすれば、重症化し、取り返しのつかないことになる。
 
知的活動や身体的活動がその時はできても、その後に症状が襲ってくるというのがME/CFSの特徴である。(PEM:労作後の不調)
そして、なかなか回復しない。
 
筋肉を使わないと、筋肉が弱ってますます歩けなくなり、筋肉を使うと、ますます症状を悪化させるという現実の中でいかに両者のバランスをとり、ペーシングをするかが患者の課題である。
 

 

9、もっと我慢づよくなりなさい。(良くなるから、それまで我慢しなさい。)

我慢が足りないのではない。
 
いつも我慢している。(笑)
 
時に20以上の症状を抱えながらも、10年、20年、、、あきらめずに前向きに生きようとする我慢強い患者さんたちに私自身も出会ってきた。
 
逆に、「我慢づよいね。つらいのに、よく耐えてるね。えらいね。」と私は自分に声をかけている。
 

10、これを試したことある?

 
病院や薬だけに頼りきっている人は本当に少ない。
 
皆、回復するためにありとあらゆる努力をし、それぞれの症状への対処療法を行いながら、治験に協力している方もおられるし、統合医療、栄養療法、食事療法から自然療法まで様々な治療法を試している。
 
これを試してみたら?あれをやめてみたら?という人の助言はありがたく感謝して自分にあうものを選択をすればいいと思う。
ただ、5年、10年、15年と月日が経てば当然、もうあれも、これも、うんざりするほど、やりつくしているというのはある。
人の話に耳を傾けることは大切だが、時々、商売で病人にモノを売りたい人に、
まるで、こちらが何の努力もせずに、医者や薬だけを頼りに生きているかのように扱われることがあると、自分の努力を否定されているように感じる。
 

 11.これをやめてみたら?
「あれをやめてみたら?」「これをやめてみたら?」と助言されることも確かに多い。
 
皆、良くなってほしいと思って助言してくれる。
 
人の意見をよく吟味して、自分の体と医師に相談しながら、決断していけばいいと思う。
 
ただ、私が一番危険だなと思っていることは、医師資格を持っていない人が、処方箋の薬や治療法を「やめてみたら?」と助言することだ。
 
医療者ではない人が処方されている薬に対する助言をするのは、違法だと思う。
 
薬をやめてしまった人が、重症化したり、その副作用で苦しむケースもあるし、
時に、一生治らない薬害が残ってしまったり、命の危険にさらされることもある。
 
たとえ、今まで飲んでいた薬をやめるにしても、患者は、医師に相談して医師の許可を得て、指示通りにやめる必要がある。
 
12.もっと外に出るべきだ。
自由に外出できるなら、地球の裏側に今頃いるよ!という患者もいるはず。(笑)
 
重症患者でも、調子がましな時期に、玄関や庭に出たり、車椅子でコンビニやスーパーに連れ出してもらえるようになる人もいれば、365日24時間寝たきりで、全くベッドから起き上がれない状態の患者もいる。
また、軽症や中等症の患者で、仕事や家事をしている患者も人前では頑張っているが、遊びや外出など到底普通の人のようにはこなせない。
 
それでも、今与えられている環境の中で、患者は、必死に生きている。
外に出たいが出られないのが現状だ。
 
 
13、あなたは怠け者なだけだ。
家族や友人にあれをしてくれ!それを取ってくれ!と
自分では動かないME/CFS患者を病気を理解していない他人が見れば、元気そうなのに、皆を立ち働かせて支配している怠け者にしか見えない。
 
時に、自分でできることも、体力を温存したり、症状が出ないようにするため、「あえて」しないこともある。
 
家族にすべてをやらせている姿を見たら、「この人は、何様なんだ!女王だ!病気だからって、甘やかされている!」と陰口を言われることもある。
 
とにかく、はじめて会う人には、一言、「元気そうに見えるけど、できないことが多く、人の助けが必要だ。」ということを言っておくと、わかってくれる。
 
家族には、何かをしてもらうたびに、どんなに小さなことでもお礼を言うようにしている。
 
「今日も一日ありがとう。今日もやさしくしてくれて、ありがとう。」
 
介助をしてもらうことは、当たり前のことではない。
病人を抱える家族の苦悩は大きい。一日100回感謝をしても、足りないほどだ。

*この記事を読んで、健康な方は、「なぜ、ME/CFS患者はそんなにも自分の病気をわかってもらおうとするのか」、「ほかにももっと重篤で大変な病気と闘っている人だっているのに、、、」と疑問に思うかもしれません。
ME/CFSは、重篤な神経免疫系の難病であり、患者たちは、日常生活の質が著しく低下する非常に厳しい状況にあります。
ME/CFS患者たちは、専門医の不足と無理解、医療機関の受け入れ不能、障害者手帳の取得困難、福祉サービスが受けられない、家庭や学校、職場の無理解などによって、何重もの苦しみに耐えながらも、少ないエネルギーで、与えられた命を生き抜く「勇士たち」です。
専門医にたどりつき、確定診断を受けるまでのいばらの道、特効薬や確立した治療法もなく、少しでも楽に暮らせる方法を模索する不安の日々、障害者手帳を書いてくださる指定医にたどりつくまでに受ける屈辱と偏見、理解の足りない家族や周囲から受ける辛辣な言葉の剣。
その旅路の中で、多くの支援者や温かい人々との出会い、病気にならなければ得られなかった「気づき」や人間として成長する機会も与えられています。
しかし、良かれと思って助言してくれる善意ある言葉も、時に患者の心を刺し通すことがあります。
周囲の方は、「そんなことを言われたら、もう近づけない、何も言えない!」と思われるかもしれませんが、決してそんな風に思わないでください!(ぺこり)
信じてもらえない苦しみを何年も味わっている患者やその家族にとって、目には見えない、言葉には表現しづらい苦しみや障害を抱えているということを「信じてくれる人たち」を必要としているのです。
(後書き)

この少年が語った13の言葉を聞いて、ME/CFSなどの慢性疾患患者たちが周りの人に言われている言葉は、世界共通なのだなあと思った。
この記事は、以前、1週間かけて少しずつ書いたものだ。
 
過去を振り返ったり、人に言われた言葉を思い出すことは、あまり有意義なことではないが、当時の自分の中には、誰にも言えないような怒りや憤り、声なき声が眠っていた。
 
今はもう、長い年月をかけて、ちょっとやそっとのことでは傷つかない免疫ができ、相手によってうまくかわせるようにはなった。
もちろん、これらの言葉は、ME/CFS患者に関わらず、慢性疾患や慢性の痛みを持つ人たち全般にも言わないほうがいい言葉だと思う。
 
 
愛をもって慰めるためにこういう言葉を言っている場合、少しちくっと傷ついても、患者にはその真意がちゃんと見えている。
 
「悪気はないんだ。私によくなってもらいたくて、助言してくれているんだ。」といい方向にとらえられる。
ただ、不信と無理解、悪意を持って、このような言葉を発する医療者や家族、友人、知人に
 
傷つけられたという患者の声があるのも事実。
 
これは、慢性疲労症候群研究班の先生が常にメディアなどを通して、社会に警告していることでもある。
 
 
 
私自身も、誰かが苦しんでいる時、外見だけで判断して軽はずみに言葉を発してしまったり、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいという助言をしてしまったことがある。
 
相手のためになる情報をシェアするのはいいことだと思うが、相手の状況や心の状態によっては、押し付けやプレッシャーに感じてしまったり、傷つけてしまうこともあると反省した。
 
 
 
こうしてみると、病人にどんな言葉をかけたらいいのか、わからなくなる。
 
でも、きっと、、、
 
「そうなんだ。今、そんな風に感じているんだね。」
 
「そうかあ。そういう状況にあるんだね。」
 
相手の話をよく聴いて、ただただ受け止めてもらえることが病人の慰めにつながっていくのかなあと思う。
 
何百の助言や叱咤激励より、傾聴され、受容されていくことは、ハグのように温かい。
それが人に寄り添うということなのかなと思わされている。